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  -name: "中国 2026 パンダ 10元 30g 銀貨 【600枚】 (モンスターボックス付き)"
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    <p><span style="font-family: Meiryo; font-size: 16px;">【ご注意】</span><br style="font-family: Meiryo; font-size: 16px;" /><span style="font-family: Meiryo; font-size: 16px;">・地金相場の変動により、常に価格が変動いたします。</span><br style="font-family: Meiryo; font-size: 16px;" /><span style="font-family: Meiryo; font-size: 16px;">・海外で製造された製品です。</span><br style="font-family: Meiryo; font-size: 16px;" /><span style="font-family: Meiryo; font-size: 16px;">・</span><span style="font-family: Meiryo; font-size: 16px; color: red;">稀に黒ずみや傷、ミルクスポット(白い斑点)等が見られる製品もございますが、一般的にコイン本来の価値を損ねる要素とは見られないため、<strong>返品返金の対象とはなりません</strong>のでご購入になられる際にご承知置きください。</span><br style="font-family: Meiryo; font-size: 16px;" /><span style="font-family: Meiryo; font-size: 16px;">・弊社は複数の店舗間で在庫を共有しているため、ご注文状況によっては稀に欠品している場合がございます。</span><br style="font-family: Meiryo; font-size: 16px;" /><span style="font-family: Meiryo; font-size: 16px;">その際はメールまたはお電話にてご連絡させて頂きますことを予めご了承ください。</span><br style="font-family: Meiryo; font-size: 16px;" /><br /></p>\r\n
    <h2>パンダならではの可愛らしさと魅力の源流</h2>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <p>丸みを帯びた肢体や、白と黒のコントラストが特徴的な体毛を特徴とするパンダの可愛さと万人を微笑ませる魅力は語り尽くせません。今や世界各国の動物園において人気の首位を占めるパンダですが、20世紀初頭まで世界はおろか生息地である中国の人々にさえ知られざる存在でした。笹を常食する草食動物であるパンダは、一般的におとなしく温厚でありながらもマイペースで好奇心旺盛な性格を有し、単独行動を好む性質も見受けられます。縄張り意識が強いものの人間や他の動物を襲うことはごく稀であり、親近感のある優しさに溢れています。嗅覚と聴覚が異常に優れているのも特徴であり、繊細な感覚を併せ持つと言われています。また単純に仕草が可愛らしいのもパンダの魅力を語る上で欠かせない要素です。時に観客に観られ過ぎると恥ずかしさのあまり手で顔を覆って隠したり、興奮して急に走りだしたり木に登ったりすることもあり、その所作はまるで人間の子供のようです。また急に頑固になったり、環境の変化に対して敏感に反応するなど繊細な一面も見られます。子に対して強い母性本能を有することでよく知られているパンダですが、とりわけ母パンダは大切な子が人目にさらされることを極度に嫌うあまり、子を隠すような行動を取ることもあり、深い愛情を覗かせます。個体にもよりますが、一般的に若年のパンダは元気旺盛で活発であり、遊び好きな性格が強い印象を与えるかもしれません。これらの特質とは対照的なおっとりとした見た目と、平和を好む性格を目の当たりにすることこそが何にも代えがたいパンダ鑑賞ならではの充実した喜びであり、世界中の動物園においてパンダの人気が依然として衰えを見せないもっともな理由ではないかと思われます。</p>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <h2>1950年代から現在まで中華人民共和国が推進してきた「パンダ外交」とは</h2>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <p>その愛くるしい姿と柔らかな動作によって国際的な人気を誇るパンダ。今日まで子供たちのみならず世界中の人々に親しまれています。中国原産の動物であるパンダの生息地は元々限定されていたことが確認されており、古くは中国南部からベトナム北部にかけての狭い地域に生息していたに過ぎませんでした。しかし20世紀以降、パンダは全世界を股にかけた活躍によって飛躍の時を迎えます。何よりも現代中国を象徴する重要な動物であるパンダは、中国と諸外国の国際交流の懸け橋として各国に贈与もしくは貸与されるようになります。中国政府によるこの外交手段は一般的に「パンダ外交」と称され、中国の対外的イメージを飛躍的に向上させるための効果が期待されていました。中国共産党は1950年代以降パンダ外交を積極的に推進するようになりますが、1957年から1983年までの間にソビエト連邦や朝鮮民主主義共和国のような主要同盟国を始め、アメリカ合衆国とイギリス連合王国を含む9つの国家に対し友好の印として実に24頭ものパンダを贈っています。それらの中でも、1972年にアメリカ大統領として史上初の訪中を果たしたニクソン大統領への返礼として、国家主席の毛沢東がアメリカに贈ったジャイアントパンダの存在は半ば伝説化しています。大統領の中国電撃訪問からおよそ2か月後の1972年4月、2頭のジャイアントパンダ、リンリンとシンシンがアメリカに到着し、ファーストレディーのパット・ニクソンがワシントンの空港にて出迎えました。その後、ワシントン国立動物園に寄贈されましたが、初公開当日には2万人以上の来場者が長蛇の列をなし、初年度には1100万人以上が動物園に詰めかけるという記録を樹立しました。米中関係の蜜月を象徴するこの事象が、アメリカとの関係改善を強く望んでいた中国共産党に多大なる恩恵をもたらしたことは言う迄もありませんが、アメリカにとっても国際政治における画期的な勝利を象徴する出来事でした。我が国日本もまた、中国のパンダ外交を語る上で重要な国家と見なされていることは確かです。短期間の貸与の例を除き、実際に中国からパンダを贈与されるか、あるいは貸与を受けて長期間飼育した動物園は国内3か所に限定されます。パンダと共に歩んだ日本の動物園のこれまでの変遷を個別で顧みたいと思います。</p>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <h2>東京都・恩賜上野動物園(1972年~2026年)</h2>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <h2>中国との国交正常化の返礼として贈られたカンカンとランランの待望の来日とそれに続く第1次パンダブーム</h2>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <p>1972年は日中パンダ外交史の幕開けの年として長きにわたって記憶されることでしょう。同年9月に締結された日中国交正常化の返礼として、翌10月には東京都恩賜上野動物園(通称上野動物園)に2頭のジャイアントパンダが贈与されましたが、これが第1次パンダブームの火付け役となったことを記憶されている方は今でも多いことでしょう。その前年に訪英中の昭和天皇がロンドン動物園でメスのパンダ「チチ」を天覧されたことが既に大々的に報道されていたため、国内でのパンダに対する関心が高まっていた時期のことでした。上野動物園で飼育されることになったジャイアントパンダはオスのカンカン(康康・中国名:新興)とメスのランラン(蘭蘭・中国名:二興)でした。10月28日に来日した2頭の一般公開は11月5日から始まり、日本中を熱狂の渦に巻き込みました。公開初日の観客動員数は約6万人に上り、その後も年間平均1万5千人が動物園を訪れ、賑わいを見せました。連日延々2キロにわたる長蛇の列が絶えず、一人当たりの観覧時間はおよそ30秒から50秒程とされていたため、2頭の姿を目に焼き付けようと皆が躍起になっていたとのことです。これら2頭は中国政府から公式に贈呈されたものであったため返還の義務がなく、終生日本で飼育されることが最初から決まっていました。また日本で子が誕生した場合にも中国側に引き渡す義務はありませんでした。メスのランランは「丸顔美人」と呼ばれ、その美しい容姿は7年間にわたって観客を魅了しましたが、1979年8月以降、自然妊娠後に妊娠中毒症や尿毒症などの合併症により次第に容体が悪化します。その後、腹膜透析を含む懸命な介護の甲斐も虚しく、同年9月4日に惜しまれつつ亡くなります。またオスのカンカンは吊るされたタイヤで遊ぶのが大好きなやんちゃなパンダでしたが、1980年6月30日に心不全によって上野動物園で静かに息を引き取りました。2頭の剥製は現在も多摩動物公園で永久保存されていますが、教育・研究目的による全国の動物園や博物館への貸し出しも頻繁に行われており、往時の人気を彷彿とさせています。</p>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <h2>1980年代の上野動物園に到来した第2次パンダブームを彩った伝説のパンダたち</h2>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <p>1972年のカンカンとランランの来園によって一躍脚光を浴びた東京の上野動物園は、その後もジャイアントパンダを保有する国内有数の動物園の一つとして、今日まで多くの来場者を迎えてきました。1980年1月29日にはメスのホアンホアン(歓歓)、また1982年11月9日にはオスのフェイフェイ(飛飛)が来園し、再び全国的な注目を集めました。1985年、2頭は第一子となるオスのチュチュ(初初)を授かりますが、日本の地で誕生した初のジャイアントパンダであったことからそう命名されたといわれています。残念ながらチュチュは、出産後43時間の短命に終わってしまいました。その後、2頭の間には1986年6月1日にメスのトントン(童童)が、そして1988年6月23日にはオスのユウユウ(悠悠)が誕生します。パンダ・ファミリーを一目見ようと再び上野動物園には長蛇の列ができるようになりました。子を持つようになったホアンホアンの母パンダぶりが発揮され、何とも微笑ましいものでした。一方で父となったフェイフェイは、1982年の初来園以来ずっと落ち着いた様子で、大人の風格を感じさせる堂々とした佇まいが強い印象を残しました。トントンの名前は日本国内の公募によって決定されたもので、応募数は27万件以上であったとのことです。誕生から約半年後の12月16日から一般公開が開始され、その後、1か月間の来園者数は前年比約2倍の42万人という驚異的な記録を樹立しました。チュチュの時とは対照的に、トントンはその後、無事に成長します。「木登りが大好きなおてんば娘」の異名を取りましたが、時には飼育員に抱かれて木から降りることもあり、数多くのエピソードを残しています。トントンの弟に当たるユウユウは姉のトントンと違いおっとりとした性格であったため、対照的な2頭を見比べることが当時の上野動物園でのパンダ鑑賞の見どころとされていた感があります。1992年に迎えた日中国交正常化20周年の記念事業の一環として、日中がそれぞれ飼育するオスのジャイアントパンダを交換することが決定します。11月5日に来日したリンリン(陵陵)と交換されることになったユウユウは11月13日に北京動物園に渡ります。ユウユウがいなくなってしまったことは動物園に大きな喪失感をもたらしましたが、代わりに来日したオスのリンリンは、日中親善のシンボルとして大活躍すると同時に、上野動物園の新たなシンボルとなって観客を沸かせました。またリンリンは、日本が所有権を持つ最後にして唯一のパンダとして、2008年に高齢で亡くなるまで22年もの歳月を動物園最大の人気者として活躍しました。リンゴを手の甲に乗せて器用に食べるなど芸達者な性質からも絶大な人気を博したリンリンでしたが、日本とメキシコを飛行機で3往復した経験を持つなど、史上最も海外渡航回数の多いパンダとしても名を馳せています。リンリンを新たに獲得した上野動物園は、リンリンとメスのトントンをペアとして飼育し始めます。結果的に出産には至らなかった2頭ですが、2000年にトントンが死亡した後もリンリンは上野動物園が保有する唯一のパンダとして人気を集めました。20年以上も生きた高齢パンダとして愛されていたリンリンでしたが、2007年8月頃から体調不良と食欲減退に悩まされ、徐々に衰弱していたため集中治療による回復が期待されました。しかし、2008年4月30日午前2時、献身的な介護の甲斐なく旅立ってしまいました。上野動物園によりますと、リンリンはこれまでに上野動物園が飼育したパンダの最高齢であり、一般的に飼育されたオスのパンダとしても22年7か月生きたことから世界5位の長寿記録を保持しています。リンリンは日本政府が直接所有する最後のパンダでしたが、亡くなった2008年に日本国内の他の動物園が所有していた8頭のジャイアントパンダは全て中国の貸与を受けたものであり、日本政府に所有権はありませんでした。これは1975年に発効されたワシントン条約による野生動物の国際取引の規制によって、中国政府がそれまでの贈与形式からオン・ローン(貸与)形式に切り替えたことに起因します。リンリンは上野動物園に来園後は繁殖のためにトントンと一緒に飼育されていましたが、結局このカップルが子を持つことはありませんでした。第2次パンダブームに貢献したこれらのパンダたちの活躍は、文化大革命終結後に自由開放政策を推進していた現代中国の対外的イメージを飛躍的に高めたことは言う迄もありません。また日本にとっても、それらのパンダは極めて商品価値の高い中国からの厳選された輸入品のようなもので、受け入れる側の動物園にとっては運営上何としても手に入れたいものでもありました。ホアンホアンとフェイフェイのカップルがトントンとユウユウを授かり、ファミリーが形成されたことによって第2次パンダブームが到来しました。またそのかけがえのない時期は、今思い返しますとパンダを常時公開する上野動物園にとっての最盛期であったのかもしれません。世紀を超えて2008年まで生きたリンリンは、日中友好の象徴として上野動物園に託された至宝であったと確信できます。</p>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <h2>上野動物園の第3次パンダブームを盛り上げた新世紀のパンダたち</h2>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <p>ワシントン条約締結後に中国が取り決めたオン・ローン形式によって、日本にもそれまでの贈与ではなく、パンダが貸与されるようになります。その最初の一頭がメスのジャイアントパンダのシュアンシュアン(双双)であり、2003年12月3日のことでした。繁殖が成功し、1987年6月15日にメキシコのチャプルテペック動物園で誕生した珍しくも海外生まれのパンダで、中国政府の配慮によって約2年間上野動物園に貸し出されていました。1987年の誕生から死亡の年2022年までを計算しますと35年間も生きたことになります。ここまでの長寿はパンダとしては例外的なことであり、いかにシュアンシュアンが日中双方の施設で大切に育てられていたかを容易に想像することができます。上野動物園の放飼場にて初お目見えとなった当日には竹林の竹を次々となぎ倒し、元気な姿で観客を魅了しましたが、その後も後ろ足のみで立って前足で壁を伝って歩いて見せたりするなどサービス精神旺盛なパンダとしても多くの観衆の記憶に残っていることでしょう。飼育先の上野動物園は連日大盛況で、シュアンシュアンの妙技無くしては運営は成り立たないほどでした。花のあるメスのパンダとして上野で大活躍したシュアンシュアンでしたが、2005年の9月26日には予定通り中国に返還されました。リンリンと同時期に上野動物園で飼育されていたシュアンシュアンですが、2頭とも曲芸が得意であったため来園する子供たちのアイドルとして愛されていました。2005年にシュアンシュアンが中国に返還され、2008年にリンリンが亡くなってからしばらくの間、上野動物園ではパンダ不在の時期が続きます。そして新たな貸与を求めて何度も中国政府と交渉した結果、2頭のパンダが新たに貸与されることが決定しました。リンリンの死去から3年後の2011年2月21日にオスのリーリー(力力)とメスのシンシン(真真)が来日し、しばらく見られなかった本当の活気が動物園に戻ってきたかのようでした。名前からも力持ちのイメージの強いリーリーは、その名の通りの活発なジャイアントパンダで、瞬く間に動物園一の人気者となりました。一方のシンシンは、「純真」を意味する名前が想起させる通りの天真爛漫なパンダで、リーリーとも相思相愛の様子でした。元々2頭は中国の研究所で別々に飼育されていましたが、上野動物園でつがいとして飼育されることになったとのことでした。2頭はその後上野動物園で誕生するメスのシャンシャン(香香)、またシャンシャンの妹と弟に当たる同じく上野生まれのレイレイ(蕾蕾)とシャオシャオ(暁暁)の両親としても知られています。リンリンが中国に返還されて以降、長らくパンダ不在の時期が続いていた上野動物園ですが、これらの親パンダによって新たなパンダファミリーが形成されたことから、かつて無かった程の活気が動物園に戻ってきました。しかし、その後シャンシャンは2023年に中国に返還され、その1年後にはリーリーも惜しまれつつ中国に帰ってしまったことは本当に残念でした。そして、ごく最近まで上野で飼育されていた一対のパンダであるシャオシャオとレイレイも、政治問題に端を発する中国政府の突然の要求によって2026年1月27日に返還されてしまい、遂に上野動物園のパンダの保有数は0となってしまいました。21世紀以降の上野動物園で第3次パンダブームを盛り上げた最後のパンダたちが中国に返還された後も、時折元気な姿が報道される度に往時を懐かしむファンも多いことでしょう。「パンダ外交」の立役者ともいえる愛すべきパンダたちですが、2010年代初頭には尖閣諸島問題などで日中関係が急激に冷え込んだことから、実際には2011年を最後に日本に新たなパンダが貸し出されることはありませんでした。貸与するか否かの決定権は常に中国側に委ねられていることから、パンダを所望する諸外国にとってパンダの貸与は中国政府との外交バロメーターであると評されることもあります。日本におけるパンダの保有と飼育の草分けである上野動物園にかわいいジャイアントパンダが来園し、もう一度子供たちの歓声が聞こえる日が来ることをただただ夢見るばかりです。</p>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <h2>和歌山県・アドベンチャーワールド(1988年~2025年)</h2>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <h2>短期的な巡回から始まり、より長期的なパンダ貸与と繁殖を実現した関西随一のテーマパーク</h2>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <p>和歌山県に所在するアドベンチャーワールドは、1978年4月22日設立の「南紀白浜ワールドサファリ」を母体とする動物園、水族館、遊園地を併設するテーマパークです。「人間と動物と自然とのふれあい」をテーマとする園内の広大なサファリゾーンでは、一周約1500m、所要時間25分程度の列車型バス「ケニア号」、1人から3人乗りの自転車、2階建てバス、ゴルフ用カートやジープなどの移動手段を用いての周遊が可能です。ライオンやクマなどがいる猛獣ゾーンにはゲートがあり、安全面での対策が講じられています。また事前予約制ではあるものの、キリンやサイなどの野生動物と身近に触れ合うことも可能であり、様々なツアーの企画によって好評を博しています。世界各国から集められた珍しい動物を見学することのできる国内の数少ない施設として高い人気を誇るアドベンチャーワールド。同園のパンダとの出会いは短期間の貸与から始まりました。1988年9月19日に最初の2頭のジャイアントパンダが来園したことにより、同園の存在は広く国内に知れ渡ることになります。中国政府から貸与されたオスのシンシン(辰辰)とメスのケイケイ(慶慶)の2頭は同年の3月35日初上陸しましたが、まずは岡山県の池田動物園にて約3か月間、次に北海道で開催された函館EXPO&rsquo;88に約2か月間貸与され、最終的にアドベンチャーワールドに来園しました。1980年代の掉尾を飾ったこの巡回は成功裏に閉幕となり、日本のパンダファンを大いに喜ばせたばかりか和歌山の地に居を構えるアドベンチャーワールドへの将来的なパンダの貸与を約束しました。そして1990年代には2頭のパンダが同園待望の長期貸与の形で貸し出されました。1994年9月6日にオスのエイメイ(永明)とメスのヨウヒン(蓉浜)が来園しました。ヨウヒンは3年後の1997年7月17日に病気のため日本で永眠しましたが、生前は目と目の間につむじが二つある丸顔によって人気を博した美しいパンダでした。一方でエイメイは1994年の初来園以降、実に28年以上にわたって同園の人気パンダとして大活躍しました。ヨウヒンが亡くなった後もエイメイはお父さんパンダとして16頭もの子を残しました。いつも穏やかでのんびりとした性格を特徴とするエイメイでしたが、長い鼻と長い手足を特徴とするスリムで容貌の整ったパンダとして記憶されている方も多いことでしょう。ヨウヒンが亡くなった後、メスのパンダ不在の時期が3年間続いたアドベンチャーワールドに2000年7月7日、待望のメスのメイメイ(梅梅)が来訪します。開園以来最も多産のパンダとして名を残すことになるメイメイは、来園後2か月でメスのラウヒン(良浜)を出産し、その後もエイメイとの間に6頭の子を授かります。またメイメイは、パンダ飼育史上初となる双子パンダを自ら育てた母パンダとしても知られており、その愛情あふれる姿は多くの来訪者に深い感動を与えました。何よりも6頭のかわいい子パンダのお母さんであり続けたメイメイですが、来園から8年を経た2008年10月15日、この和歌山の地にて周囲に惜しまれつつ永眠しました。メイメイが来日して2か月で出産したラウヒンは、アドベンチャーワールドで誕生した初のジャイアントパンダでした。7回の出産によって誕生した10頭の子パンダを育てた愛情あふれるお母さんパンダとして活躍しました。やんちゃでよく遊ぶパンダでしたが、母親のメイメイ譲りの子育て上手としても知られていました。2025年6月28日に成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地に他の子パンダたちと共に返還されましたが、今も新天地にて現役で活躍しているそうです。エイメイとメイメイが2001年12月17日に生んだ初のオスであるユウヒン(雄浜)は、冬に日本で生まれた最初のパンダとして有名です。おっとりとした性格と父親譲りの長い手足が特徴的でしたが、2004年6月21日に繁殖研究のために中国に返還されました。中国に渡った後、ユウヒンは国際的なパンダ繁殖計画に貢献し、数多くの子供を儲けてパンダ界に貢献したと伝えられています。2003年9月8日にはオスの双子パンダ、リュウヒン(隆浜)とシュウヒン(秋浜)がアドベンチャーワールドで誕生しました。双子だけあって容貌の似た2頭でしたが、やんちゃな弟のシュウヒンと違って兄のリュウヒンは穏やなパンダでした。和歌山ではいつも仲よく遊んでいたリュウヒンとシュウヒンでしたが、2007年10月27日に成都の繁殖研究基地に返還された後も立派に繁殖を続け、子供のみならず多くの孫も誕生し、高齢の今も元気で過ごしているそうです。エイメイとメイメイが次に生んだのは、2005年8月23日誕生のオスのコウヒン(幸浜)です。2010年3月15日に中国に返還されるまで5年間にわたってアドベンチャーワールドの看板として活躍したこのパンダは、木登りやブランコが好きな反面甘えん坊で、隣の折を清掃中の飼育員や父のエイメイに甘えている姿をたびたび目撃されています。双子のパンダとして生まれたコウヒンには弟がいましたが、残念ながら誕生の2日後に亡くなりました。翌年12月23日には再び双子のパンダが生まれ、同園は歓喜に包まれました。メスのアイヒン(愛浜)とオスのメイヒン(明浜)の2頭で、2012年12月14日に中国に渡るまでアドベンチャーワールドにて愛情をこめて育てられました。姉のアイヒンは食べ物の好き嫌いがなく、なんでもよく食べる元気なパンダでしたが、メイヒンは静かで甘えん坊のかわいい弟で、姉弟で一緒に時間を過ごすことも多く来場者の注目を一心に集めました。その後、メイメイに代わって娘のラウヒンが母パンダとして巨大なファミリーを支えることになります。ラウヒンの最初の子も双子で、メスのメイヒン(梅浜)とオスのエイヒン(永浜)が2008年9月13日に誕生しました。姉のメイヒンは昼寝が好きなマイペースなパンダでしたが、2013年2月26日のアドベンチャーワールドでの最終公開日には木によじ登ったものの枝ごと折れて地面に転げ落ち、大事には至らなかったものの周囲をハラハラさせるハプニングがありました。大好物のタケノコを食べている時の幸せそうな笑顔が大勢の来場者の心を癒したことでしょう。弟のエイヒンは小柄なパンダで幼いころは病弱でしたが次第にたくましく成長し、父エイメイ譲りの長い鼻で観客に愛されました。2頭に続いて2010年8月11日にはまた双子パンダが誕生しました。兄のカイヒン(海浜)は同園一番の甘えん坊として知られていました。やっと親離れしたかと思えば、次は妹のヨウヒン(陽浜)にずっと甘えていたかわいいパンダでした。その後、2頭とも2017年6月5日にアドベンチャーワールドから中国へと旅立ちました。2012年8月10日生まれのメスのユウヒン(優浜)は、2017年6月5日にカイヒン・ヨウヒンの兄妹と一緒に中国に返還されるまでの間、素直でまっすぐな性格で来園者を魅了しました。そして、ラウヒンにとって日本最後の双子となったオウヒン(桜浜)とトウヒン(桃浜)が誕生しました。2023年2月22日に返還されるまでの2頭は、好奇心旺盛な性格をを絵に描いたような姉妹パンダとして、同園でのパンダ人気を支えました。2016年から2020年にかけて誕生したメスのユイヒン(結浜)、サイヒン(彩浜)、フウヒン(楓浜)は、今までのところ同園で誕生した最後の3頭ですが、その可愛らしさと美しさは絶大な人気を博しました。その後、これら3頭は2025年6月28に母のラウヒンと共に中国に返還され、これにより1988年から37年間続いたアドベンチャーワールドにおけるパンダ公開は遂に幕を閉じることになります。本場の中国以上にパンダの繁殖に成功し、巨大なファミリーを形成するに至った同園のパンダ飼育に対する情熱は称賛に値し、その功績は計り知れません。</p>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <h2>兵庫県・神戸市王子動物園(2000年~2024年)</h2>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <h2>パンダとコアラを同時に見学することが可能な国内唯一の人気動物園</h2>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <p>小規模でありながらも日本国内第3のパンダスポットとして、過去に13年間にわたって全国的な人気を獲得していたのが兵庫県の神戸市王子動物園です。総面積80,618㎡の敷地内にはこれまでコアラ、アムールトラ、アムールヒョウ、ユキヒョウなどの希少性の高い138種、778頭もの野生動物が飼育展示されてきました。神戸市随一の桜の名所としても知られる同園は、毎年春になりますと「夜桜抜け」というイベントが開催され、満開の桜を堪能することができる観光スポットでもあります。同園の中でも2000年にオープンしたパンダ館は人気が高く、国内で唯一ジャイアントパンダとコアラを同時に見学することができる知る人ぞ知る動物園として全国的な知名度を誇っていました。2000年7月16日、新設されたパンダ館において、2頭のパンダ、メスのタンタン(旦旦)とオスのコウコウ(興興)が初お目見えとなり大きな話題となりました。1995年に発生した阪神・淡路大震災の被災者を励ます目的で中国から貸与されたこれら2頭のパンダは、震災復興の新たなシンボルとして神戸の地にて温かく迎え入れられました。大変残念なことに、初代コウコウは繁殖能力に優れなかったため2002年12月5日には早々と帰国の途に就きましたが、その4日後の12月9日には2代目コウコウが来日しパンダファンを熱狂させました。長らくタンタンと共につがいとして飼育されていた2代目コウコウですが、来園から8年目の2010年9月9日に繁殖の失敗による事故によって呆気なく早世してしまいました。2代目コウコウとタンタンとの間に第一子が誕生したのは2008年8月26日のことでしたが、出産から3日目の同月29日、この小さな命は母タンタンを残して突然亡くなります。後に残されたタンタンは同園唯一のジャイアントパンダとして子供たちの人気者であったため、中国側と協議を重ねた結果、5年、更にまた5年と貸与期間の延長が認められ、最終的には2020年の7月に予定通り返還されることが決定していました。しかし、同年から全世界に蔓延したコロナウィルスの伝播によって返還時期が未定となり、そのまま王子動物園に留まることになりました。2021年11月から12月にかけての数週間、タンタンの健康維持を図る目的でパンダ館での公開は一時中止となります。また翌年以降には返還期日が一年ずつ更新されていましたが、その間もタンタンの一般公開は続きました。2024年3月15日頃から高齢のタンタンの病状は急激に悪化の一途を辿り、同月31日、心肺停止状態となったため蘇生を試みたものの、同日午後11時頃に周囲に見守られつつ静かに息を引き取りました。タンタンの死は王子動物園パンダ館に深い喪失感をもたらしましたが、同時に未来への希望を残していきました。いつの日かまた元気で可愛らしいパンダたちが中国から来園し、子供たちの目を輝かせる日が来ることを願わずにはいられません。</p>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <h2>我が国におけるパンダ巡回の変遷</h2>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <p>1972年に日本と中国の国交が回復し、その記念として中国から日本に2頭のパンダが贈られてからはや54年が経ちました。パンダを常設展示する動物園は国内3か所のみではあったものの、その間にも日中友好の懸け橋として時折貸与されていたのが実状でした。その最も古い例は、1980年代初頭にさかのぼります。1979年に調印された日本の福岡市と中国の広州市の友好都市提携を記念して、翌1980年にオスのジャイアントパンダのシャンシャン(珊珊)とパオリン(宝玲)の2頭が親善大使として来日し、福岡市動植物園に2か月間貸与されました。2頭の展示期間中には87万人が来園し、混雑から1日平均60人もの迷子が続出するほどの大盛況であったとのことです。1981年には通常の貸与ではなかったものの、上海雑技団来日公演のメイン・アトラクションとして、オスのジャイアントパンダのウェイウェイ(偉偉)が来日し話題となりました。約1か月間の強行軍であったにもかかわらず、日本各地でウェイウェイの妙技は絶賛され話題を呼びました。パンダの来日ラッシュが日本全土を沸かせた1981年でしたが、この年の極めつけは、兵庫県神戸市で開催された「神戸ポートアイランド博覧会」に際して中国天津市から約6か月間下貸し出されていたオスのサイサイ(塞塞)とメスのロンロン(蓉蓉)に違いありません。多くのエピソードが残っている2頭ですが、とりわけサイサイは神戸の笹が大変お気に入りで、食べ過ぎたために体重が急増してしまい、食事制限を必要とするほどであったとのことです。1989年に山梨県甲府市の市制100周年を記念して開催された「こうふ博&rsquo;89」の2か月間にわたる期間中には、甲府市遊亀公園付属動物園にて四川州成都市から貸与された2頭のパンダ、オスのトントンとメスのビンビンが公開され話題となりました。日本における上記の巡回は、それぞれが短期間であったにもかかわらず日本人のパンダに対する関心を高め、ある種の社会現象でもありました。</p>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <h2>あとがき・日本を魅了した45頭のパンダに捧げられるオマージュ</h2>\r\n
    <p>&nbsp;</p>\r\n
    <p>誕生した直後に早世した赤ちゃんパンダの詳細を除いて、我が国を54年間にわたって魅了した45頭の愛すべきパンダを時系列で振り返りましたが、パンダをめぐる日本の現状が今、黄昏の時期に差し掛かりつつあることを痛感せずにはいられません。2026年1月27日にはそれまで上野動物園に貸与されていた2頭のパンダが政治的な理由で中国に返還されたばかりです。パンダの飼育で有名な国内の三大動物園のパンダゾーンが空虚になってしまった今、いかにパンダが我々日本人にとって身近な存在であったかを身に染みて感じる日々が延々と続いています。わが国と中国の友好の象徴として過去に来日したそれぞれのパンダの個性と魅力の記憶が今、生き生きと脳裏に蘇ります。しかし、パンダは我々に微かな希望を残して去っていきました。いつかまた日本と中国の信頼関係が再確認された暁には健康で魅力的なパンダが貸し出され、再び日本の地に降り立つことでしょう。過去に中国からパンダを貸与された国家はそう多くはありませんが、その数少ない例としてパンダを飼育した貴重な経験と基盤を有することを日本は誇りとするべきでしょう。平和を象徴するパンダが日本の動物園で元気な姿を披露し、場内が子供たちの笑顔と歓声で溢れる奇跡の瞬間が近い将来もう一度来ることをただただ願わずにはいられません。</p>
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